古事記・日本書紀の神様

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鵜葺草葺不合命(うがやぶきあえずのみこと)

鵜葺草葺不合命(うがやぶきあえずのみこと)

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やおよろ用フキアエズ
【別名】
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(『古事記』における正式名)
彦波澰武鸕鷀草葺不合尊(『日本書紀』)

【ご神徳】
農耕・夫婦和合・安産

【伝承地】
日向地方

【継続】
『古事記』
父:日子稲々手見命(火遠理命・山佐知毘古)
母:豊玉毘売
妻:玉依毘売
子:五瀬命
稲水命
御毛沼命
若御毛沼命(神倭伊波礼毘古命・神武天皇)

『日本書紀』第十段・第十一段本文
父:彦火火出見尊
母:豊玉姫
妻:玉依姫
子:彦五瀬命
稲飯命
三毛入野命
神日本磐余彦尊(神武天皇)

【鎮座】
鵜戸神宮
【解説】

御生涯

鵜葺草葺不合命は、日子稲々手見命の御子神として生まれました。母は海神(わだつみ)の神の娘である豊玉毘売(とよたまびめ)です。豊玉毘売は鵜葺草葺不合命を出産すると直ぐに海へ帰ってしまいましたが、母神の妹である玉依姫によって育てられ、そしてその玉依姫と結ばれ四柱の御子神を授かりました。

日向三代

皇祖神、天照御大神より、葦原中国と呼ばれていたこの地上を豊かな稲の穣る豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)にすべしと託された邇邇芸命(ににぎのみこと)を初めとし、その孫にあたる鵜葺草葺不合命までの三代を日向三代と呼びます。鵜葺草葺不合命の御子神である五瀬命、若御毛沼命(神倭伊波礼毘古命・かむやまといわれひこのみこと)の兄弟による東征の前にあたる物語であり現代まで125代に渡って続く皇室のルーツを語る物語の一部とも言えます。
鵜葺草葺不合命はその出生にあたり、母との永遠の別れを経験しております。あくまで筆者の推測ですが、それ故に母神の妹の玉依毘売(たまよりびめ)を深く愛し、四柱の御子神を授かり、家族仲良く暮らしていたのではないでしょうか。

母神・豊玉毘売

父神である、稲々手見命(ほほでみのみこと)と母神の豊玉毘売の出会いは海神の宮でした。皆様がよく知っている昔話に「山幸彦と海幸彦」の話があると思います。この、山幸彦が稲々手見命です。
昔晴らしをおさらいしますと、山幸彦と海幸彦は互いに生活で使っていた猟具と漁具を交換しました。ところが山幸彦は借りた海幸彦の釣り針を紛失してしまい、海幸彦に謝罪をしたものの許されず、海岸をしょげながら歩いていたときに謎の老人(塩椎神)が現れ、その老人の力によって海神の宮に行き、海神の娘(豊玉毘売)と結婚し、海神の宮にてしばらくの間楽しく暮らしておりました。時は経ち、海幸彦の釣り針が鯛の喉から見つかり地上に帰る事になりました。帰り際、海神より二つの玉を山幸彦は授かり地上に戻りましたが、海幸彦は更に疑いをかけ嫌がらせをしてきました。そこで、山幸日子は海神から授かった二つの玉を使って海幸彦を懲らしめるという内容でしたが、鵜葺草葺不合命の出産に関する話はこの昔話の最中から始まります。
『日本書紀』第十段本文によれば

及将帰去、豊玉姫謂天孫曰、妾已娠矣。当産不久。妾必以風濤急峻之日、出至海浜。請為我作産室相行矣。

とあり、帰る間際の山幸彦に対して豊玉姫が「私、赤ちゃんが出来ちゃったの。もうすぐ生まれるよ。私、必ず浜辺に行くから、産屋建ててね。」の様な事をおっしゃったとあります。山幸彦・海幸彦の物語の後に、豊玉毘売が浜にやってきて、いざ出産となりました。この時、豊玉毘売は山幸彦に対して出産中は産屋を覗かないで欲しい旨を告げます。しかし、山幸彦は覗いてしまい、そこには「わに(鮫・『日本書紀』では龍)」の姿にて出産に望んでいる豊玉毘売がいました。この事により、覗かれた豊玉毘売は非常に恥てしまい、海への道を閉じて帰ってしまいます。鵜葺草葺不合命にとってはここに永遠の母との別れを経験した事になります。『古事記』によれば、この出産の時に鵜の羽を以て産屋を建てており、そこから鵜葺草葺不合命と名付けられました。
更に『日本書紀』では鵜葺草葺不合命が真床覆衾に包まっている描写があります。この真床覆衾は天孫の象徴であり、今でも践祚大嘗祭に欠かせないものです。

玉依毘売とたくさんの御子神たち

鵜葺草葺不合命を育てたのは、玉依毘売と言っても過言ではないでしょう。
玉依毘売に心を寄せるようになり、やがて結ばれ多くの御子神が出生しました。その御子神のうち、五瀬命、若御毛沼命の兄弟が東の国、ヤマトを目差し東征をします。これが神武東征です。若御毛沼命は、またの名を神倭伊波礼毘古命と申し、紀元前660年に奈良の橿原宮にて即位し初代天皇であられます神武天皇となられました。そこから今上天皇陛下に至るまで、その系統は続いています。

【挿絵解説】

母神である豊玉姫の本当の姿が古事記では鮫とのことだったので頭には鮫の頭蓋骨を描きました。半分鮫の血が入っているのなら海の中で過ごすこともあったのではないかと思い背景は海のイメージの青、隣に鮫を入れました。

【参考資料】
(文章参考)古事記、日本書紀
(挿絵参考)古事記、日本書紀