古事記・日本書紀の神様

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猿田彦神(さるたひこのかみ)

猿田彦神(さるたひこのかみ)

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サルタヒコ
【別名】
猿田毘古神、猿田毘古之男神、猿田彦

【ご神徳】
殖産興業発展、交通安全、交渉事を司る神様である。

【伝承地】

三重県松阪市、三重県伊勢市、三重県鈴鹿市、笹原集落(熊本県上益城郡山都町)など

【鎮座】

猿田彦神社(三重県伊勢市)、椿大神社(三重県鈴鹿市)、白鬚神社(滋賀県高島市)など


【解説】

名前の由来

猿田彦神の名前の由来には様々な説があるといわれている。猿田彦神について初めてまとまった研究を行ったのは本居宣長の弟子である平田篤胤によるもので、記紀では猿田彦神が天孫を迎え、高千穂に導いてから伊勢に出向いた。そしてアメノウズメも猿田彦神から「猿」の名を得て「猿女」となり、一緒に伊勢に向かった――とされているが、平田篤胤はこれを否定し、「サルタ」は出雲国の地名「サタ」から来たものであり、獣の猿ではないと位置づけた。
ただし、そのサルタの由来となった「サタ」は出雲にも伊勢にもある(前者は「出雲市佐田町」、後者は三重県に佐田村があるが、現在は津市になっている)。そして、その両方がどちらが先にできたかという確実な証拠もない。
このほか、猿田彦という名前が「先導」を意味する琉球語から来ていることなど、様々な説があるが、結局のところ定かではない。

天孫降臨と猿田彦

瓊瓊杵尊が葦原中国に降り立つことになった際、高天原から葦原中国まで照らす神がいた。アメノウズメが確認しにいったところ、その神は猿田彦と自らを名乗り、瓊瓊杵尊らの先導をするためにここにいるのだと答えた。
瓊瓊杵尊らは葦原中国に無事に到着したのち、アメノウズメに、猿田彦に一緒についていくように命じた。そしてアメノウズメが猿田彦の名前から一部取り、「猿田女」或いは「猿女」と呼ばれるようになった。なお、書物によっては猿田彦がアメノウズメに送り届けて欲しいと頼んだと書かれている。

天狗と猿田彦神

記紀によれば猿田彦神の容姿は「鼻の長さが七咫、背の長さが七尺」と記されている。(なお、ここで「一咫」とは中国での考えと日本上代の考え方で異なる。前者では約十八センチであるといわれているのに対し、後者では開いた手の親指の先から中指の先までの長さといわれている。)このことから容姿が天狗に似ており、天狗と同一視する考えもある。
余談ではあるが、創作物の登場人物として用いられることが多い。一例を挙げると、手塚治虫の「火の鳥」では「サルタヒコ」或いは「猿田」という人物が出てくる際それらの多くは鼻が大きいという特徴を持っている。

■この神様に関連する主な神話
古事記 天孫降臨
文章:巫夏希
挿絵:ササニシキ