古事記・日本書紀の神様

古事記・日本書紀の神様

月読命(つくよみのみこと)

月読命(つくよみのみこと)

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tukuyomi
【別名】
月夜見尊・月弓尊・月読尊(日本書紀)、都久豆美命(出雲国風土記)など

【ご神徳】
暦の神様、農耕の神様、漁業の神様、安産の神様

【伝承地】
京都府京都市西京区(旧山背国)、三重県伊勢市宮後(豊受大神宮)

【継続】
伊邪那岐神(父)、伊邪那美神(母)、天照大神(姉)、建速須佐之男命(弟)

【鎮座】
皇大神宮別宮 月讀宮(三重県伊勢市中村町)、皇大神宮別宮 月讀荒御魂宮(三重県伊勢市中村町)、豊受大神宮別宮 月夜見宮(三重県伊勢市宮後)、松尾大社摂社 月読神社(京都府京都市西京区)、月山神社(山形県東田川郡庄内町)など

【解説】

三貴子と月の神『月読命

三貴子の一柱であり、天照大神の弟、建速須佐之男命の兄(※)とされています。
古事記では、黄泉国より戻られた伊邪那岐命が右目を洗った際に生まれ、「夜の食す国(夜が支配する国)を治めよ」と命じられています。
日本書紀では月の神として生まれたとされており、「その輝きは日に次ぐ美しさなので、日と並んで統治すべしと天へ送られた」と記されています。

月と太陽が出会わないわけ

また日本書紀には「一書(あるふみ)に曰く」という但し書きとともに、このような説話も記されています。
月読命はあるとき、天照大神より葦原中国にいる保食神(うけもちのかみ・食物の女神)のもとへ行くよう命じられました。訪れた月読命を招き入れた保食神は、まず米を口から出し、次に大小さまざまな魚を口から出し、最後に鳥獣を口から出しました。これらをたくさんの机に並べて歓迎したところ、月読命は「なんと汚らわしい。吐きだしたものを私に差し出すとはどういうことだ」と怒り出し、保食神を剣で切り殺してしまいました。
このことを知った天照大神は非常に怒り、「お前は悪い神だ。もう二度と会わない」と言いました。こうして、月と太陽は離れて暮らすようになり、昼と夜が分かれたとされています。

なお、伊勢神宮の外宮である豊受大神宮とその別宮である月夜見宮は細長い道で繋がっています。
この道は、月読命は夜になると石を白馬に変えて豊受大神宮の女神のもとへ通うという伝説から「神路通り」と呼ばれています。

万葉集の和歌と月読命

また、万葉集にも「月読」の名は登場します。
和歌として詠まれた「月読(月余美、月読壮士等、様々な表記があります)」は、神話とは別に単純に「月を擬人化したもの」もあれば、月の神として見たものもあります。
後者のうち、代表的な和歌をひとつ挙げてみましょう。

天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てる越水 い取りきて 公に奉りて 越得じむかも (万葉集 巻第十三の三二四五)
(訳:天へ続く橋も長くあってほしい。高山も高くあってほしい。月の神の持っている若返りの水を取り、あなたに差し上げ若返らせたいものだ)

この和歌の中では、月読命は「若返りの水をもたらす神」として詠われています。
古代の人々は、月が満ちては欠けるのを繰り返す様子を、生と死の反復と重ねあわせて見ていました。そこから更に不老不死を願う観念が生まれ、月読命は死と再生に纏わる信仰と結びつけられたとされています。
また、月の満ち欠けは潮の満ち引きとの関連や、四季の変化の目安、つまりは暦としての機能もあります。

そこから月読命は漁業や農耕の神として信仰されるようになったとされています。

月読命は一般的には男神とされていますが、古事記ならびに日本書紀の本文中には性別に関する記述はありません。
なお、「皇大神宮儀式帳」には「月読命の姿は馬に乗る男。紫の衣を着て、金作りの太刀を腰に下げている」と表記されています。