古事記・日本書紀の神様

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思金神(おもいかねのかみ)

思金神(おもいかねのかみ)

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八意思兼
【別名】
常世思金神(日本書紀)、思兼神(古事記)、八意思兼神、八意思金神(先代旧事本紀)・・・「八意(やごころ)」は尊称

【ご神徳】
知恵の神、学問・受験・政治・工業の神

【継続】
父 高御産巣日神(たかみむすひかみ)、妹 万幡豊秋津姫命(日本書紀参照・古事記では高御産巣日神の妹となっている)

【鎮座】
戸隠神社中社(長野県長野市)、安布知神社(長野県下伊那郡阿智村)、阿智神社(長野県下伊那郡阿智村)、思金神社(神奈川県横浜市)、気象神社(氷川神社境内社)(東京都杉並区)、津門(つと)神社(兵庫県西宮市)、
秩父神社(埼玉県秩父市)、五字(ごあざ)神社(大阪府箕面市粟生間谷)、五字(ごじ)神社(大阪府箕面市粟生外院)

【解説】

知恵の神としての信仰

思金神は、主に「知恵を司る神」として信仰されている。
知恵の神から派生して、学問であったり受験であったり政治の神様としても祀られている。

古事記では「思金神」、日本書紀では、金が兼の字となっている。
古事記伝にて「数人の思慮る智を、一の心に兼持る意なり。」とあり、人間の智力の極致を神格化したものとされている。

高天原の神々は思金神を知恵者として敬っており、主に、八百万の神が協力して何かを成そうとする時に、様々な提案をする様子が記紀に書かれている。

天岩戸開き

有名な「天岩戸開き」で、思金神は知恵者である手腕をまず発揮している。

速須佐ノ男の命の狼藉により、天照大御神は天の岩屋戸の中にお籠もりになった。
このため、高天原も葦原の中つ國もすっかり暗くなり、いつ明けるとも知れない夜が続いた。
困った八百万の神たちは天の安の河原に集い、思金神に善後策を考えさせた。

●思金神が計画したこと●

・常世の長鳴鳥(鶏)を集めて鳴かせた
・天の安の河上の天の石と、天の金山の鉄を取ってきて、鍛人天津麻羅を捜して、伊斯許理度売の命に八咫鏡を作らせた
・玉祖の命・布刀玉の命を呼んで、天の香山の真男鹿の肩をそっくり抜き取ったものと、天の香山の天の朱桜とで、占って祭の設営をさせた
・天の香山のたくさんの真賢木を根こそぎ掘り取って、上の枝に八尺の勾玉のたくさんの御すまるの玉を取り著け、真ん中の枝に八尺鏡を取り繋け、下枝に白丹寸手・青丹寸手を垂らして、布刀玉の命が御供え物として持った
・天の児屋の命が祝詞を唱えた
・天の手力男の神が戸のわきに隠れ立った
・天の宇受売の命は天の香山の天の日陰を手次、天の石屋戸にうけ伏せて、踏みとどろこし、神懸りして、胸乳を掛き出で、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。(女陰の露出と、皆で咲う(わらう)のは、邪氣を払う呪術)
・八百万の神がみんなで笑った

自分が隠れたことで夜のように真っ暗になっているのに、不思議に思った天照大御神は天の岩屋戸を細目に開けて、「なぜ皆このように笑っているのか」と問うと、「あなた様よりも尊い神様がいらっしゃっています」と天の宇受売の命が答えた。
と言う間に、天の児屋の命と布刀玉の命は、八咫鏡を差し出し、天照大御神を映し出した。
天照大御神は、はて、と思い、少しづつ岩屋戸より出てのぞき見られ、隠れていた天の手力男の神が御手を取り引っ張り出した。
そして、岩屋戸には注連縄を張り、お戻りになることができないようにした。

こうして、高天原も葦原の中つ國もすっかり明るくなった。

高天原会議

「国譲り」の場面でも、思金神の知恵が活かされ、とても頼りにされている。

ちょうど大国主命が国を平定していた頃、天照大御神が「葦原の中つ國は、自分の息子である天の忍穂耳の命が治めるのがよいであろう」とおっしゃった。
統治を任された天の忍穂耳の命が高天原から降りていったところ、葦原の中つ國は、国つ神が騒いでいるように聞こえた。
そこで天照大御神は、八百万の神を集めて、思金神に知恵を出させた。

まず、天の菩比の神を葦原の中つ國に遣わしたが、大国主命に懐柔され居心地が良かったので、三年経っても帰って来なかった。

次に、天津国玉の神の子・天の若日子に、鹿をたくさん射止められる立派な弓と大蛇をも射殺せる矢を持たせ遣わした。
天の若日子は中つ国に降り立つとすぐ、大国主命の娘・下照比売と結婚して中つ国を自分のものにしようと画策し、八年経っても帰って来なかった。

そこで、なぜ帰って来ないのか聞きに行かせるため、雉(きじ)の鳴女を遣わすことにした。
命令を受けた鳴女は、「そなたを葦原の中つ国に遣わしたのは、荒ぶる国つ神たちを懐柔させるためです。それなのにどうして八年も帰って来ないのか」と、天つ神の言葉通りに伝えたが、天の若日子と一緒にいた霊能を持つ女・天の佐具売が「この鳥の鳴き声は不吉なので、射殺した方がよい」と進言した。
天の若日子は天つ神の下さった弓矢を使ってその雉を射殺し、その矢は雉の胸を貫いて、天の、天照大御神・高木の神(高御産巣日の神の別名)のところに届いた。
高木の神が、「もし、天の若日子が命令に背かず、悪い神を射た矢がここに届いたのならば、天の若日子に当たるな。もし、反逆心があるのなら天の若日子、この矢に当たって死ね」と言って、その矢を衝き返されたところ、天の若日子は当たって死んだ。

作戦がことごとく失敗したため、八百万の神と思金神はもう一度話し合い、武力で当たることに決め、健御雷(たけみかづち)の神をつかわすことになった。
これがうまくいき、本格的な戦いにはならずに、大国主命から国を譲り受けることとなった。

こうして、邇邇芸命(ににぎのみこと)が豊葦原の水穂の国(中つ国)を治めることになり、たくさんの神様を付き従えて地上に降りるのだが、その中にも思金神が入っていた。
天照大御神は、邇邇芸命の政治の手助けをするようにと、思金神を同伴させた。

【挿絵解説】
古事記伝の「数人の思慮る智を一の心に兼持る意なり(あまたびとの おもいはかる さとりを ひとりの こころに かねもてる い なり)」と言う「数多くの人間の知恵を一身に集めた神」としての面をPCや検索エンジンのようなもの、として解釈しました。

「思金」とも書かれますし、銅鐸など金属でキャラクター化されることが多いので機械的な姿で、人間の知恵、知識の集合体ということで巨大な脳に座らせてみました。
【参考資料】
(文章参考)古事記、古事記伝、日本書紀、先代旧事本紀
(挿絵参考)古事記伝、日本書紀、先代旧事本紀